[Top]- [伊豆編]

仁科峠・戸田峠


Date : 2007.8.26

地図



伊豆の国の夏は暑い。 家にいても暑くて仕方ないので、こんなときは下界を脱して清涼な天上界へ行くしかない! ということで、この日は伊豆の山岳ステージを攻めてみることにした。 伊豆半島を地図で見ると、垂れ下がったブドウの房のような形をしているが、 南北にこのブドウの真ん中を通るのが狩野川である。 狩野川流域は平野が多く、海抜も100mないほどである。 この狩野川から東西へ、直線距離にして20kmも進めば海に出られるが、 伊豆半島の真ん中から海へ出るには、いずれにしても山を越えなければならない。 天をも穿つほどにそびえ立つ山はないものの、標高500〜1000m程度の小高い山に伊豆半島の外周は囲まれている。 標高1000mもアップすれば、外気温は5〜10度くらい下がり、下界の蒸し暑さから逃れるにはちょうどよい。

今回は、このような山を越え、さらに海へ出るルートとして、海抜900mの仁科峠を経由する道を選んだ。 仁科峠を越えれば、すぐに海だ。土肥や戸田などの集落を抜けるシーサイドルートを走ることができる。 夏にふさわしいサイクリングと言えるのではないか? 不快な熱気で充満する伊豆の国のすまいを後にして、降り注ぐ陽光をホイールに反射させながら、 仁科峠のふもと、湯ヶ島の町へハンドルを向け走り出した。

湯ヶ島の町で、国道414号から県道59号が分岐しており、この59号が仁科峠超えルートとなっている。 片側1車線国道から分岐する県道59号は小さく、見落としてしまいそうなほど頼りないが、 これで海沿いの集落である宇久須の集落へ行くことができる。 国道はドライブにいそしむ車がひっきりなしであったが、県道に入ってしまうとつい先ほどまでの交通量は嘘のようで、 耳障りなエンジン音が蝉の声に変わった。 ここからしばらくは、(持越川という)川沿いの峠道である。

県道59号入り口
県道59号入り口

持越川沿いの道
持越川沿いの道


田畑を横目に
田畑を横目に

急勾配の峠道を登る
急勾配の峠道を登る

ガスに包まれた仁科峠
ガスに包まれた仁科峠

県道に入ってすぐは湯ヶ島の温泉旅館が立ち並ぶ道を進む。大きく立派なホテルなどなく、 昔ながらの小さな旅館が軒を連ね、しっとりとした雰囲気である。 しばらく走るとすぐに温泉の町並みは途切れ、1.5車線幅の峠道は里山の家々や田畑を横目に、 ゆるゆると峠へ向かう。 勾配はほとんどなく、持越川と併走しながら山へ分け入っていく。 深い緑に身を包んだ山塊がどんどん近づいてくる。

しばらく進むと、いままでずっと横目に見てきた持越川が県道を離れた。 ついで、頼りない道は薄暗い杉林に吸い込まれ、勾配も10%近くと、ぐんときつくなった。 本格的な峠の始まりだ。 激坂でレーサーのギアが踏めず、ダンシングする始末。 額からぼたぼたとトップチューブに垂れ落ちる自身の汗を無視しつつ、ゆっくりと峠道を登り続ける。

急坂と杉林の峠道をたんたんと登っていくと、やがて景色が開け、夏空とその下に連なる山々が眼前へ一杯に広がった。 だいぶ標高を稼ぎ、仁科峠はもう目と鼻の先だ。 しかしながら、雲行きが怪しくなってきた。 ちょうど仁科峠のところに、暗雲がひっかかっているみたいだ。 そのため、仁科峠に近づくことは、雲や霧に向かって進んでいることになる。 「峠からの景色は望めないな」と愚痴りながら、最後の急坂をじっくりと攻めた。

暗転。峠は案の定ガスに包まれ、とても真夏の1日とは思えない状態になっていた。 下界はあんなに晴れていたのに。 峠からは海や西伊豆の連なる山々が望めるのだが、今回は完全にガスのカーテンで視界を奪われてしまった。 仁科峠の眺めは、また別の機会に紹介しよう。 ということで、さっさと海側へ下ることにした。


霧に包まれた急勾配の峠道を慎重に下る。峠から少し下ったところには牧草地が広がっており、 どこか牧歌的な景色に気持ちもほっとする。 杉林が続く里山然とした風景を見ながら上ってきただけに、 それとは趣向が異なるこのような景色を見ると、別の国にたどり着いたかのようだ。 牧草地を過ぎてなお急勾配な下り坂は続き、ブレーキを握り締める手に余裕はない。 再び見慣れた杉の峠道となり、タイトなヘアピンカーブをいくつこなしたか忘れた頃に、 ようやく駿河湾が見渡せる宇久須の集落に到着した。 峠では重苦しい灰色の霧に視界を奪われたが、下界では再び夏の日差しが降り注ぎ、 海面できらきらと反射している。 小高い山々に囲まれた伊豆の国では目にすることのない、この浜の景色を見ると、 峠を越えて別の土地に着いたんだな〜、としみじみしてしまう。

宇久須からは、国道136号で北上し、海を眺めながら土肥の町を目指す。 国道のため交通量が多いのに加え、いくつかのトンネルやアップダウンがあるため、 「シーサイドルートをのんびり」としゃれ込むには厳しいものがあるが、 夏のじりじりとした暑さを忘れられるような、爽快感を感じながら走ることができる。

峠近くの牧場
峠近くの牧場

急な下り坂
急な下り坂

海沿いのルート
海沿いのルート


碧の丘展望台から
碧の丘展望台から

土肥の町を過ぎ、なお、海沿いの道を北上した。 ここからは国道136号ではなく、県道17号線となる。 県道に入ると、アップダウンの数、勾配ともに手ごわくなる。 この辺りは険しい地形になっているようで、荒々しい断崖絶壁が海からそそり立つ景色さえある。 県道はこの厳しい海岸線をトレースすることができなかったようで、地図で見ると海沿いのルートのはずだが、 海抜100mほどの内陸を走ることになる。 海から少し遠ざかるようになるため、潮風や波の音は感じられない上に、 駿河湾の景色は、海と道路の間にある林にさえぎられてしまい、見えなくなってしまう。 シーサイドルートを走っているという感覚はなくなり、普通の峠道を走っているようだ。

交通量は圧倒的に少なくなり、アップダウンでつづられた沈鬱な林のルートを一人黙々と走り続けていると、 やがて道の脇に展望台があったので、休憩することにした。 ”碧の丘”というらしい。 海からの標高差も200m程度あり、これまで自分が走ってきた土肥からの海岸線が見渡せる。 伊豆半島の深緑色と駿河湾の紺碧色で構成できるこの景色は、まるで絵画のように静かに佇んでいる。 雲が多くて景色がやや霞んでしまっているが、額から流れ続けていた汗をぬぐうにはちょうどいい場所だ。




景色が、何も語らぬままに深緑と紺碧の絵画を見せてくれている、そんな気がした。 仁科峠を越え、海沿いの道を走り、これまでペダルを回し続けたことが報われたような気が。




”碧の丘”展望台からさらに道を北上すると、ようやく戸田の集落にたどり着く。 戸田には小さな湾があり、三日月のような形をした浜は、不思議な印象を与える。 そろそろ夕暮れが近いのか、海が橙色に染められてきた。

戸田から帰るためには、標高770mの戸田峠を越えなければならない。 西日を受けて、西伊豆の山塊が眼前に立ちふさがる。 その山塊に向かって、峠を越える策など持っていないかのように頼りない細い道が、まっすぐに延びている。 壁のように立ちふさがる山々の頂には薄暗い雲がかかり、簡単には峠を越えさせないことを示唆している。 もうひと頑張りしないと帰れないようだ。

戸田の湾
戸田の湾

戸田の港にて
戸田の港にて

戸田峠へ
戸田峠へ


峠道途中の里山の風景
峠道途中の里山の風景

峠近くから望む戸田の集落
峠近くから望む戸田の集落

夕闇に沈む景色
夕闇に沈む景色

峠道は急勾配の上り坂で、かなりきつい。勾配10パーセント程度の坂が5kmほど続く。 かつては軽快に上れたであろう坂であるが、今やギアをインナー×ローにしても足りない。 歩いているのとあまり変わらないような速度で、峠までの距離を詰めていった。

これまで数々の峠を越えてきたが、中にはとてもきつい登坂を強いられる峠もあった。 でも、いつだって、峠を越えた先に何かが待っているような気がして、そんな登坂の労力など厭わずにペダルを回していた。 しかしながら、今や夕闇に沈みつつあるこの峠道を越えた先に、何があるというのだろう? この労にこたえてくれる何かがあるだろうか? 峠を越えた先にある世界に何もないならば、なぜ自分はこんな坂を必死で登っているのだろうか?

苦しい上り坂にあえぎつつ、ようやく峠が近づいてきた。 眼下に先ほどまで自分がいた、戸田の湾が広がり、夕陽の橙と夕闇の紺が混じった不思議な色をたたえている。 のんびり走っていたらナイトランになってしまう。 暗くなる前に峠を下らなくては、と思い、立ち止まることなく修善寺側へ下っていった。 それまで夏空のもとに輝いていた景色が、まるで夢であったかのように、 曖昧な濃紺色にすべて塗り替えられていき、その1日は終わった。